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教育

2015年2月17日 (火)

神が薦めるシュタイナー教育

以前紹介した「神との対話」 第2巻223頁から、こんな対話があります。

今の混乱から脱出する方法はあるんですか。

あるとも!学校だよ!子どもたちの教育だ!希望はつぎの世代に、そしてさらにつぎの世代にある!・・・
225頁:・・・地球であなたがたが創った社会では、ジョニー坊やは幼稚園のうちに読むことを覚えるが、どうすれば兄弟にかみつかなくなるかはわからないままだ。スージーは小学校の低学年で九九を覚え、見せられたカードをすばやく読み取ったり、暗記したりもするが、自分の身体を恥ずかしがったり、とまどったりしなくてもいいということは教えてもらえない。いまのあながたたの教育システムは答えを出すことを主にしている。だが、問いかけることを主眼にしたほうが、ずっと役に立つだろうに。誠実とはどういうことか?責任感とは?「公正」とは?ものごとの意味とは?2+2が4だというのはどういうことか?どんな意味をもっているのか?高度に発達した社会では、すべての子どもたちに自分で答えを見つけなさい、創りなさいと励ます。・・・・・

対話は続きます。

おっしゃるような学校があればいいと思います―・・・

そう努力している学校はあるよ。

ありますか?

あるとも、ルドルフ・シュタイナーというひとが書いたものを読んでごらん。彼が創設したウォルドルフ・スクール(ドイツ語ではヴァルドーフ・シューレ)という方式を勉強してごらん。

そして、この学校について詳しい筆者の説明が続きます。

実は、最近シュタイナーの著書や論文を読んだのですが、神智学とか霊学とかアカシック・レコードとか仏陀などのテーマになるので、また別の機会に。

ただ、ヴァルドーフ・シューレの教師募集に応募したドイツ人から、面接で「あなたは天使を信じますか」と質問されたという話を聞いたことがある話を思い出します。

神のいう「高度に発達した社会」とは、たとえばオムネク・オネクさんの本にある金星社会もそのひとつだと思います。

「すべての子どもたちに自分で答えを見つけなさい、創りなさいと励ます」ことは、
「高度に発達した社会」ほどではないかもしれませんが、小学校から暗記穴埋めではなく記述口述試験がほとんどの欧州の学校をみると、努力はされている気はします。

例えば、中学校相当の試験では「直線とは何か」とか「規則はなぜ必要か」などの問いがありました。

それでも、
私自身子どもたちとりわけ娘はどうしてもヴァルドーフ・シューレに行かせたかったのですが、いろいろな事情から断念せざるを得ず、私と同じ神の意見を読むにつれ後悔の念にかられます。

子どもたちを取り巻く社会だけでなく、子どもたち自身も変化しているのに、学校教育が旧態依然であることは、大きな問題だと思います。子どもたち自身の変化については、私自身の経験もそのうち書きたいと思いますが、とりあえず、ご参考までにご覧になってください。CRYSTAL CHILDREN

また、ヴァルドーフ・シューレではありませんが、同じブログに自然な教育を望む日本の親の苦労が、0.2%の確率の貧乏くじ?それとも宝くじ?の後半に書かれていますので、子育て中の方はこちらも併せてお勧めします。

2010年10月20日 (水)

続・宗教の授業「グアテマラ」-ベルギーの小学校

昨年12月に書いた宗教の授業「グアテマラ」-ベルギーの小学校の続きです。

小6と小2の子供たちが、久しぶりに宗教の授業について話してくれました。
グアテマラがテーマの時しか話してくれたことがないような・・・

息子 「もうすぐ万聖節(11月1日諸聖人の祝日)のお休みで、ベルギーの人たちはお墓の手入れとかするけど、グアテマラでは凧をあげるんだって。そうしたら、前に死んだおじいちゃんとかおばあちゃんとか家族とお話できるんだって」

娘 「わたしたちはね~、もうすぐクラスみんなで凧を作るのよ。先生がね、いちばん上手に作った凧を選ぶんだって」(凧はベルギーの秋の風物、「秋」という詩に凧揚げが出てきます)

息子 「ぼくたちの町からね、アンナの家族みたいにトーティアス(トウモロコシの粉で作ったパンのような食べ物)とペパローニだけ食べてたらビタミンとかが不足するから、グアテマラの貧しい人たちに栄養のある食べ物とかいろいろ送ってあげたって。
そうしたら、郵便局の人たちは、あんな貧しい人たちに必要ないって、荷物を全部送り返してきたんだよ、信じられる?
それで、誰かが直接グアテマラまで荷物を持って行ってあげたんだって。そしてね、郵便局の人たちに怒って文句を言ったって。」

娘 「わたしたち、またアンナの映画を見たよ」

息子 「アンナも、お父さんが殺されなかったら、ちゃんと学校に行かせてもらえたんだよ。だけど、お母さんが市場で働いているから、水汲みとか薪集めとかの仕事をしなくちゃいけないんだ。
アンナはね、お金のある人が捨てたヤカンみたいな入れ物を拾って底の部分にトーティアスを入れて下から火で焼くんだよ」

娘 「おうちにはお布団が一つしかなくて、みんなそのお布団で寝るの。すご~く寒いんだよ」

息子 「ぼく、短い期間だったら手伝いに行きたいな」

娘 「わたしも!ず~っと居るのは嫌だけど、絶対うちに帰ってこれるなら行きたい。お小遣いを持っていかないと、アンナたちの食べ物をもらったら悪いからね」

う~ん、果たして現地の食住生活に順応できるのでしょうか?

2010年1月29日 (金)

「水泳マラソン」で集める義援金

欧州でもあまり知られていませんが、ベルギーのワロン地域の一部には、人口7万人余りのドイツ語共同体(以下DG)があります。

ただ、まだDGの公文書がフランス語からドイツ語に翻訳されていないものも少なくないなど、フランデレンやワロンと対等ではないので、これを改善しようとする「DGに賛成」という政党も存在しているような状況です。

さて、このDGではこの15年間、スポーツ省とライオンズクラブの協賛で、「水泳マラソン」という募金活動が毎年開催されてきました。日本の「赤い羽根募金」のようなものでしょうか。

現在、ハイチ震災のための募金活動が盛んですが、「水泳マラソン」は、DGで暮らす最貧困層の援助目的に限って義援金を集めます。

毎年この時期に二日間、DG内4ヶ所の屋内プールが一般に開放され、皆自由に泳ぎたい距離だけ泳ぎ、プールの長さ25mを一回という単位にして期間内に何回泳がれたかをカウントし、一回あたりの金額を掛けたものが義捐金となるのです。

過去には、子どもは1回あたり25セント、大人は15セントだったこともありますが、今年は一律20セントでした。

「水泳マラソン」には、DG内の小学校(主に高学年)も参加します。国境を接するドイツからも、2校の参加がありました。

5年生の息子のクラスと6年生の一つのクラスは初日、息子の隣のクラスと6年生のもう一つのクラスは二日目に、バスで最寄りのプールに行ってきました。

幼稚園の年長組と小学校では毎年、一年間に10回、スポーツの授業以外に水泳の授業(1回2ユーロ=約260円)があり、バスで最寄りの屋内プールに行きます(日本と違って学校にはプールはありません)。

しかし、「水泳マラソン」への参加は、水泳の授業とは別でした。

プールには、他に2つの小学校からも来ており、2時間以内に何回泳ぐかを競ったそうです。

息子たちは、5,6年の二クラス合わせて1600回余りで堂々1位でした。合わせて45名くらい(一クラスは25名以下です)ですから、一人平均35回も泳いでたいしたものです。息子のクラスには、46回泳いだ子もいました。

残念ながらある学校は、数百回ほどしか達成できなかったそうです。リレイ形式なので、一人の子がいつまでたっても25mを泳ぎ終わらず、次の子がスタートできなかったのです。

雪のせいか、今年は昨年よりも5000回以上も少なかったようですが、総計10万回をゆうに超え、そのうち1万回近くは小学生の寄与でした。

こんな健康的な募金の仕方もあるのですね~。

2010年1月 7日 (木)

ネアンデルタール博物館

ずっと行きたいと思っていた「ネアンデルタール博物館」に行ってきました。
ベルギーからドイツに行くといっても、アウトバーン(高速道路)のおかげで1時間半ほどなので、とても便利です。

館内は、ドイツ政府がボン市に作った博物館「歴史の家」と同様、ゆるやかなスロープで上に歩いていく造りでした。これからの博物館や美術館は、このようなバリアフリーの建築構造が主流になっていくのではないかと思います。

入場料は、家族は20%割引で、大人2人子ども2人で常設展と特設展合わせて23ユーロ余り(約3000円)、ケルンの動物園の大人一人分しかかかりませんでした。常設展のみの家族一年券は40ユーロなので、何度も行きたい人にはお得です。

自家用車ではなく、交通公共機関を使って来場した人は、さらに1ユーロ割引してもらえます。これも、これまでに世界で一番温室効果ガスを削減したドイツの政策の一環でしょう。
ちなみに、ドイツのオペラやコンサート、サッカーの入場券は、近郊から会場までの公共交通機関に往復無料で乗れるようになっています。

入場料を払ったらすぐにイヤホンを貸してくれ、なんと個包装の爪楊枝を何本かくれました。袋には「歯ブラシの起源 ネアンデルタール博物館」と書いてあり、レジの女性は「ネアンデルタール人は歯の手入れができなかったというジョークよ」と言いました。
もっとも、かなり最後のほうの壁の説明には、ネアンデルタール人が歯磨きをしていたらしいと書いてあったのですが・・・?

展示の前の手すりや壁のあちこちに、イヤホン用の穴があいており、説明を聴きながら進んでいったのですが、とにかく、展示のアイディアと工夫に感心するばかりでした。

例えば、ネアンデルタール人の老婆と子どもの蝋人形の前で二人の会話をイヤホンで聞くと、最後に「ネアンデルタール人は、現代の私たちと変わらないくらい明瞭に話せていたようだ」という説明がありました。

とても全部は説明しきれないので、いちばん印象に残った「攻撃性」というタイトルの展示について。

床には白骨が散らばっており、その上のモニターに映像が映し出されます。
6500年くらい前のおそらく最古の「集団虐殺」による骨が、ドイツで発見されました。後頭部に斧がささったままのものなど、数十人の大人も子どももすべてに武器で殺された形跡があったのです。

この発掘から、人間の「攻撃性」という本能について問いかける映像が始まります。

大きな樹の幹を輪切りにした椅子(館内のあちこちに置いてあります)に座って、モニターを観ていると、掴みかかって争う2匹のネズミ、周りの子たちの頭をプラスティックのシャベルで次々と叩いて歩く2~3歳位の男の子、ラグビー(たぶん)で次々と上から覆いかぶさられて悲鳴をあげる選手・・・そのうち、ヒトラーやホロコースト、世界貿易センタ ービルに飛行機が激突しビルが崩壊する「9.11」の映像も出てきました。

幼稚園児を連れたお母さんは、息子に「ここは見ちゃダメよ」と言って通り過ぎていきました。でも、私は6歳と10歳の子どもたちが見ているのをそのままにしておきました。もっとも、6歳の娘は、椅子の上で動き回ってばかりで、ちゃんと見てはいないようでしたが。息子はただ黙って見続け、その後も話題にしませんでした。

話は逸れますが、ドイツはナチスの教訓から、戦後一貫して歴史と正面から向き合い過去と闘ってきました。

一例として、ドイツ政府は、ドイツの近・現代史を剥き出しに曝け出しているといっても過言ではないような「歴史の家」という博物館をつくり、国内外からの来館者に入場料無料で開放しています。

私は、フランス人をそこに何人か連れて行ったことがありますが、皆そのようなドイツの姿勢をとても高く評価していました。あれほど戦争を続けてきた仏独が、今日のような堅い友好関係を築くようになるまでには、戦後のドイツの政治家の絶え間ない努力があったのです。

そこで思い出されるのが、
リヒャート・フォン・ヴァイツゼッカー元大統領が1985年、ドイツ敗戦四十周年記念に国会で演説した「荒れ野の四〇年」です。
全世界に感動を与え20以上の言語に翻訳され、日本でも特に「過去に目を閉ざすものは現在にも盲目となる」という一節で有名になりました。

この演説からは、
「非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすい」と、同じ過ちを繰り返さぬために歴史の負の遺産も心に刻む重要さが伝わってきます。
「先人たちは重い遺産を残したが、その結果とかかわるわれわれすべては過去を受け入れねばならず、責任を求められている」と、
若い世代の責任をも訴えています。

こうして、元大統領の演説にも代表されるように
「過去の過ちを決して繰り返さない」というドイツ人の固い決意は、
戦後ずっと近隣諸国との強い信頼関係を築いてきたのです。

閑話休題。

「人間の攻撃性」をテーマにした展示と映像を見ながら、そのようなドイツの戦後史が、人類の歴史に関する博物館の在り方にも反映されているような気がしたのでした。

展示の最後は「砂場」です。
ここに、刷毛が何本も置いてあり、子どもたちが刷毛で砂をどけていくうちに、バラバラの人骨(もちろん模型)や化石らしき石が現われてくるという仕組みです。
娘は、ここが一番気に入ったようでした。

最後に、博物館の英語版のHPはこちら
http://www.neanderthal.de/en/home/index.html

それから、日経ビジネスオンラインに「常識の源流」探訪を連載されている伊藤乾氏が、「ネアンデルタール博物館」を訪ねて書かれた記事も参考までに・・・館内の写真も見られます。
マルクスとネアンデルタール人の出会いhttp://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080825/168760/
人類の源流を訪ねて
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20080901/169372/?P=1

2009年12月17日 (木)

宗教の授業「グアテマラ」-ベルギーの小学校

ベルギーのワロン地域では、圧倒的多数がカトリック教徒ですが、小学校の「宗教」の授業には、キリスト教(カトリック、プロテスタント)、ユダヤ教、イスラム教、ギリシア正教、モラール(道徳のようなもの)の6つの選択肢があります。

我が家は無宗教なので、息子は最初「モラール」を選択していましたが、工作ばかりさせて自分は他の教師としゃべっているような教師で、息子が全然面白くないし時間の無駄と言うので、「プロテスタント」にかえました。ところが、息子はクラスに一人だけで他の学年と一緒に授業をうけねばならず、週1回しかない「音楽」の授業に出られない事態になり、結局「カトリック」を選択することになったのです。

私たちは、ほとんどの住民がカトリック教徒の土地で暮らしているし、授業で選択したからといって洗礼を受け信者にならねばならない訳でもないので、今年入学した娘にも、クラスのほとんどの子と同じ「カトリック」の授業を受けさせることにしました。

カトリックの教師は1年から6年まで全校で一人だけおり、初老の女性です。モラールやプロテスタント、イスラム教などは、生徒が少ないので2~3学年合同で、外部からの教師が担当します。

我が家の子どもたちは、普段宗教の授業の内容など話してくれず、先生はしょっちゅうヒステリー気味だと文句ばかり言っていましたが、最近珍しく宗教の授業の話をしてくれました。

カトリックの教師は、5年生の息子のクラスでも、1年生の娘のクラスでも、(そして、おそらく全校のクラスで)、中米のグアテマラに住む一つの家族の生活を映像で見せたのでした。
昨年、グアテマラのある自治体の長が学校に来て、生徒たちと話をしたらしいので、わが町とその自治体は友好関係にあるのかもしれません。

以下は、いささか不正確ですが、息子と娘が話してくれた映像の内容です。

息子 「グアテマラにね、たぶん12歳くらいのアンナという女の子がいてね、」

娘 「お兄ちゃん、違うってば!アンナはお兄ちゃんと同じ10歳よ!」

息子 「アンナのお父さんはね、インディオだからっていう理由だけで殺されたんだ。アンナの家の井戸も、インディオの家族のだからって、使えなくされたって。だから、アンナは毎日ずっと離れた所まで水を汲みにいかなきゃならないんだ。
13歳くらいのアンナのお姉さんは、仕事がたくさんある大きな街でお掃除の仕事をしているから、家族には時々しか会いに来れない。
アンナの8歳くらいの弟は、毎朝靴磨きをしてるけど、一日にたった15セント(約20円)しかもらえないんだよ。そして、4人兄妹の中で6歳くらいの弟だけ学校に行ってる」

娘 「お兄ちゃん、違うってば!8歳くらいの弟は靴磨きのあと学校に行って、5歳くらいの弟は、アンナが焚き木を集めにいくときに一緒について行って、いつも木に登ってたじゃない!」

息子 「そう、アンナは薪も集めてこなきゃならなくて、怪我をしないように頭に布をぐるぐる巻いて、その上に薪をのせて運ぶんだ。でも、布を巻いていても痛いって言ってた」

娘 「その子たちはね、お菓子とか全然食べられないの。ご飯はね、朝も昼も夜も、とうもろこしの粉で作った平べったいパンみたいなのとお豆、そればっかり食べるの。毎日、毎日それしか食べないのよ。かわいそうでしょー」

息子 「だけど、お母さんが働いている市場にとうもろこしがないときは、ペパローニ(とうがらし)だけ食べるんだよ。あの辛いペパローニ。でも、雨が降らなかったりしてとうもろこしができなかったら、それしかないんだ」

そして、2人とも自分たちの今の生活がアンナたちに比べていかに恵まれているか、つくづくありがたいと思ったのでした。その思いをずっと忘れずにいてほしいものです。

カトリックの授業では、旧約聖書の内容(といっても私はよく知りませんが)ばかり教えるのではというイメージがありましたが、良い意味で驚きました。

少なくとも私の知る限りではベルギーには指定教科書などなく、教育省の定めた大まかな達成目標さえ考慮して授業計画を立てれば、教師が自由に教材を選べるのです。

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2009年11月30日 (月)

小5の集団抗議が勝ち取った権利

勝ち取った権利とは、「休み時間に校庭でサッカーをする権利」ですsoccer

子どもたちの通うベルギーの小学校は、目下校舎改築のため2学年ずつ3箇所に分散しています。5、6年生の校舎は昔の小学校で、ボーイスカウトなど学外のサークル活動にも利用されており、校庭にはサッカーコートもあります。

ところが、休み時間の「お目付け役」の一人が、多くの少年たちが休み時間を楽しみにしている「サッカー」を、「してはいけない!」と言って、ボールを取り上げたのです。もう一人は、まだこの仕事を始めたばかりで、このやりとりには関わりませんでした。

昼休みは1時間半くらいあって長いのですが(自宅が近い子などは、食事をしに帰宅してもよいのです)、教師は昼休みには食事と自分の仕事をするため、「お目付け役」は、外部から雇われています。ほとんどは学校の近くに住む主婦で、自分の子どもたちがそこに通っているという場合も少なくありません。ちなみに、サッカーを禁止した「お目付け役」主婦の子どもたちは、すでに小学校を卒業しています。

息子が憤って言うには、
「サッカーは、ボールで頭を打つと危ないから、ドッジボールをしなさい」という、むちゃくちゃな論理で、「ドッジボールのほうが、頭にぶつかる確率が高いじゃないか!」などと皆でいくら抗議をしても、全然耳を貸そうとしなかった。

そこで、彼らはまず担任に訴えましたが、「休み時間中のことは、私たちの管轄外」と、とりあってもらえませんでした。

すると、息子を含めたクラスの男子たちが誰からともなく、「こんな理不尽なことを、甘んじて受け入れるわけにはいかない」と、昼休みに大声でシュプレヒコールを始めました。すると、サッカー遊びをしない女子たちも加わりました。さらに、隣のクラスや6年生のサッカー少年たちも加わりました。

大音響のシュプレヒコールにたまりかねた息子たちの担任は、「毎日昼休みに、これを繰り返されてはたまらない」と、校長に電話をかけました。

そして、校長から「生徒たちの主張は正しい。昼休みにサッカーをしてもよい」という、判断が下されたのでした。

件の「お目付け役」は、「それじゃ、私はこの仕事を辞める」と、子どもたちに言ったそうです。

自分の仕事中に何事も起きて欲しくないという気持ちはわかりますが、なぜサッカーはだめでドッジボールならよいのか、子どもたちでなくても腑に落ちません。

ともあれ、子どもたちの、権利を勝ち取るために団結した行動に、拍手を送ります。

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2009年11月21日 (土)

校長の誕生日とインフルエンザと娘の成績簿

今朝、小学校の入り口にはたくさんの風船が飾ってあり(こちらでは、子どもの誕生日に家の玄関によく風船を飾ります)、入り口のガラスには、Happy Birthday 50という文字が、50本の蝋燭の絵と一緒に色とりどりに描かれていました。

そのうち、50歳を迎えた校長が華やかな黒の衣装で登場。入り口付近に集まった教師と生徒たちが、一斉に誕生日おめでとうの歌をうたい始め、校長は一人ひとりの教師と抱き合って頬を寄せ合いました(ベルギー式の挨拶)。その後、子どもたちが誕生日に幼稚園でもらうのと同じような紙で作った王冠を被せてもらった校長は、皆に礼を言って、毎年恒例の「今日は私の誕生日なので、宿題はありません」宣言をしました。

ベルギーのドイツ語圏(他の地域は知りません)やドイツでは、10年区切りの誕生日には大掛かりなお祝いをする慣わしがあり、中でも50歳はとても重要な誕生日なのです。

この校長は、二人の大学生の母親でもあります。私が知る限りでは、遅くとも40代前半から、ここの小学校と幼稚園生合わせて600名以上の校長を務めていることになります。

会社社長や大臣なども30代40代が多いので、特別ではありませんが、日本と比べるとやはり若~いという印象ですね~。

さて、今日は一年生の娘が初めて成績簿をもらってきました。

息子の成績簿は、担任がインフルエンザで今週ずっと休みだったので、1週間遅れだそうです。インフルエンザといえば、昨日、「校内で2名の生徒が豚インフルエンザで欠席中。手洗い・うがいの徹底、くしゃみや咳のときには口に手を当てる」などが書かれた手紙が全校に配られ、そのうちの一人はなんと息子のクラスの子ですが、担任は例年みられるインフルエンザとのこと。どうか、どちらにも罹りませんように・・・。

閑話休題。ベルギーやドイツでは、学校によって授業内容も成績のつけ方も異なることは、これまでにも書いてきましたが、子どもたちの学校では、1年生の一学期だけ科目の点数がつきません。

授業・生活態度の10項目については、まず生徒が赤黄緑の信号で自分を評価し、その隣に先生が評価した信号が載っています。面白いことに、謙虚な子は赤や黄ばかりで自分を評価し、先生からの評価は緑が多くなりますが、図々しい子は、自分で全部緑に塗っても、先生からは赤や黄ばかりの色を塗られるようです。私は、子どもが主観的に評価した結果を教師が客観的に評価する、この両者による評価方法が気に入っています。

各教科については、先生がA41~2枚の文章で細かく記述してくれます。最初は、思いっきり褒められるところを褒めて、最後のほうに、少しだけ今後の注意点が書かれています。そして、最後には「あなたがこのクラスにいてくれて、私たちはとても嬉しい!」と結ぶのです。

ちなみに娘の担任は、0歳児育児中と親の介護中の二人の女性で、週の半分ずつを担当しています。そのほか、スポーツと宗教は専任の教師が担当します。

2009年11月 3日 (火)

ベルギーの宿題事情

これまでも、小4までの宿題が日本に比べてずいぶん少ないこと、長期休みには全く宿題がないことは、カテゴリ教育で書いてきましたが、息子は小5になったとたん、噂に聞いていたとおり宿題が山のように増えました。

先週末には10枚を越える主要教科のプリント(それも表裏両面ぎっしり!)を含めた宿題の山をもらってきました。そして、まず最初に翌週の何曜日にどの課題を済ませるかを書いた自分の計画を提出し、その計画に沿って宿題を提出しなければなりませんでした。

これまでも、どの宿題をいつまでにとか、何曜日に何のテストがあるかとかは、連絡帳に少なくとも向こう一週間の予定が書かれてはいましたが・・・自分で宿題の配分を決めたのは初めてです。

現在、1週間の秋休み+教師の2日間の会議+国の祝日で12連休に入っていますが、長期休暇に初めて宿題が出ました。

ただし、これから小学校6年までとそのあとの6年制の中高一貫のような学校がありますが、秋休み、冬休み、カーニバル休み、イースター休みのように学年の途中の長期休暇には宿題が出ても、学年が終わった後の2ヶ月間の夏休みだけは宿題は全く出ないそうです。

この間には、勤め人の親も最低2〜3週間の休暇をとりますし、商店や個人経営の会社の中には丸一ヶ月休むところもありますから、年に一度は「長期の息抜きが必要」という考えが、社会全体に定着しているようです。

2009年10月29日 (木)

小5の職業教育〜ベルギー編

農業大国ベルギーでも、後継者不足は深刻です。
そこで、県内の5年生に一日農場の仕事を体験させるというプログラムがありました。

息子は当日は手ぶらで登校し、バスで近くの農場に行ってきました。

内容は、光合成、土壌と植物、バイオガスや植物油を使った再生可能エネルギーなどの勉強の他に、牛の餌やりや乳搾りの実体験も!パンとクッキーも焼いてきました。

休憩時間には、農場の庭の西洋梨の実をもいで食べなさいといわれたそうで、食べずにお土産に持って帰ってきました。

近隣の3校の5年生が来て、豪華な昼食(もちろん地産地消です!)までご馳走になったそうですが、100名近くの小学生の賄いはさぞたいへんだったろうと思います。

息子は、とっても楽しい一日だったと非常に満足して帰ってきました。

「そんなに気に入ったんなら、将来農場の仕事をしたら?」「いやだ。毎朝5時に起きなきゃならないんだよ」「他の職業でも、もっと早起きしたり夜勤があったりするじゃない。」「・・・」

「パンを焼くのってすごく簡単なんだよ」「じゃあ家でちょくちょく焼いてよ」「・・・」


--------それから一週間ほど経った土曜日の午前中、町の青少年の家の主宰で、小学校中・高学年の希望者対象に、職業見学プログラムがありました。

息子は、サッカーの試合前で時間がなく、肉屋と雑貨屋に行っただけでしたが、警察署などに行ったグループもあるそうです。

小学校が終わったら、6年間の中高一貫学校に進みますが、ある程度職業選択をした子が行く学校もあるので、小学生のうちにいろんな職業を見学させるのかもしれません。

2009年10月28日 (水)

身体文字で覚えるアルファベット

ずいぶん久しぶりに書く日記は、政治モードから、ずいぶん久しぶりに教育モードになりました。

娘がベルギーの小学校に入学してから早2ヶ月。

担任の先生は、2分の1の確率で息子のときと同じF先生になりました。ただ、去年から介護のため、週の半分をC先生とワーキングシェアしています。息子も夫も私もF先生がとても気に入っていたので万歳!ですが、娘は「F先生は厳しいから優しいC先生のほうがいい」と、毎朝「今日はどっちの先生なの?」と気になって仕方がありません。

さて、手話と区別するために「身体文字」という言葉を使うことにしますが、子どもたちの通う学校では、1年生のときに「身体文字」を使って声に出して読むことで、アルファベットを覚えます。(5年生になった息子は、もうかなり忘れたそうですが・・・)。

例えば、Mはムーと言いながら人差し指を立てる、Iはイーと言いながら人差し指で口の端を押す、Aはアーと言いながら手のひらを広げて立て前に出す、Oはオーと言いながら腕をOの形に丸める・・・などです。

これまで、アルファベットの半分くらいを習い、習った文字の組み合わせも増えてきました。単語や文を最低10分間、声に出して身体文字で読むことが毎日の宿題です。

授業の教材や方法は、各学校と教師の裁量に任されていることは以前にも書きましたが、この「身体文字」を使うのは、ベルギーのドイツ語圏では4校くらいしかないそうで、近隣の学校ではどこも使っていません。

入学後の保護者懇談会で、「身体文字」を使う効果についての説明がありました。
単語を聞き取って書かせる時、正しく聞き取れない子どもに身体文字で書かせると、どの文字が正しく聞き取れなかったかすぐにわかるし、これまでの経験から身体文字なしよりも効果が高いからだそうです。

書き取りも、ノートサイズの黒板と専用の鉛筆型チョーク(一年のときしか使わないので、息子のを使っています)を使ったり、友達の背中を使ったり、空中に身体全体で書いたりと、様々です。