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2009年7月15日 (水)

総理の任期と自民党総裁の任期が一致しない問題

mixiに引っ越してまいりました。
あらためて、これからもよろしくお願いいたします。

過去の日記をmixiにエクスポートしたかったのですが、どうもできそうになく、かといってエクスポート可能な他のブログを探す余裕もなく、衆議院選挙が近づいてきたため、いろいろと言いたいことも増えてきましたので、こちらで国境日記を続けることにします。

過去の日記は、今年の11月30日までhttp://myhome.cururu.jp/nachhaltig/blogをご笑覧ください。

早速ですが、日経ビジネスオンラインに、吉田鈴香氏がとても重要なことを書かれていました。http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20090706/199408/

以下に一部を転載します。
****************
通常、政治とは内閣が方針を決定し、行政機関である省庁が実行する。党と政府とは全く別物である。ところが戦後の日本の政治は党と政府が一体化し、与党が非公式の政府、政府(内閣)は公式の政府であり続けた。しかも、非公式政府である自民党の方が、公式政府(内閣と省庁)よりも強い権限を持ち続けてきた。政策の審議や決定過程においても、内閣の交代においても、自民党が上位に君臨してきたのである。

 権力の強さの順は、「自民党>各省>内閣総理大臣>内閣」となっている。以下、その仕組みを説明しよう。

(1)自民党の総裁と内閣総理大臣の任期が一致しないこと

 自民党の党則第八十一条によって、総裁は、1期3年を連続2期は続けることができると決められている。つまり6年の寿命だ。他方、衆議院の任期は4年。この4年の間に必ず首相が交代することになる。選挙時に国民が投票した自民党の最高責任者が、自民党の都合で勝手に代わるのである。

 前回の選挙で、有権者は郵政民営化に賛意を表し、大勝ちさせたが、多大なる国民の負託を受けた肝心の小泉純一郎氏は、2006年の9月に自民党総裁の任期が終わってしまい、その地位を降りていた。内閣総理大臣の任期自体は制限がないにもかかわらず、母体である自民党の理由で退任した。あの時、選んだ党首は、今や影の薄い人物になってしまった。

 事態がのみ込めなかった筆者は、やがて気がついた。自民党の党則が党総裁の任期を規定していることに。選挙と与党総裁の任期は関連していないのだ。自民党は自民党で自分たちの総裁を選び、総理大臣として繰り出してやり、内閣を作らせる。自民党が内閣を支配するという構図なのだ。

 議院内閣制にあって、国民が意思を表す方途は、選挙である。従って、本来新しく与党の総裁が就任した時点で、直ちに議会を解散して総選挙を行い、国民の信任を得る必要がある。「この人をリーダーに政府を作っていきますよ」と。それでこそ、「国民が選んだ政権」となるはずだ。しかし現実には、自民党の新総裁が決まっても、総選挙に持ち込まれたことは一度たりとてない。

 内閣は憲法上最も強いはずだが、何も権限を与えられていない。例えば、鳩山邦夫氏が総理との意見の違い(閣内不一致)によって総務大臣の辞職を迫られたのに、内閣再編成という議論はどこからも出てこなかった。首をすげ替えただけだ。鳩山氏は、中川昭一氏が財務大臣を辞任した時と違って、明らかな路線の対立が原因で辞職した。それならば内閣は、鳩山前大臣との政策の違いを表明する必要があったはずだ。

 麻生首相も自民党も、鳩山前大臣も、内閣の意味が分かっていないのだ。憲法、国会法、内閣法よりも、自民党の党則を優先させている。これが「自民党>内閣総理大臣>内閣」の構図である。「内閣総理大臣=党首」を看板として行う2大政党制には全くふさわしくないことである。

 では何が自民党の狙いかといえば、できるだけ多くの総裁候補に“首相”というご褒美(栄誉)を経験させてやり、次の自分の順番を早く繰り上げよう、という意図である。

 自民党の価値観では、政権の回転率を上げた方が、順番待ちの候補者たちにご褒美をあげることができ、退陣後の党内で発言権も確保されると考える。これが、政権をたらい回しにするインセンティブだ。政権を1年で投げ出す方も、「申し訳ない」などという殊勝な心を持たないのである。

 そして、総裁がどんなに人気があっても、2期、6年で終わりとは、米国の大統領制(1期4年で2期まで)と比べて短すぎる。

(2)党総裁の仕事に「政策」なし

 自民党は党則第四十二条によって、政策は政務調査会が決めると規定している。政策の調査研究、立案を政務調査会が行う、と。

 実際は後述するように、声の大きな者が発言することを許し、そこで決まったことを内閣総理大臣が表明しているに過ぎない。党総裁の仕事に政策が含まれていないのだから、政策中心の議論など、できるわけもない。自民党が政策を二の次と考えている証左である。

 政策を自分で決められないのなら、誰が総裁になってもいい。各役所が挙げてきた者にお墨付きを与えれば、内閣総理大臣の職は務まる。だから総裁選は真剣勝負にならない。名誉職でしかない、日本の内閣総理大臣。6月に骨太の方針を出し、サミットで名前を残せば、首相の仕事は終わり。皆退陣するのである。

 実はこのタイミングは、霞が関の人事制度にぴったりはまる絶好の時期でもある。7月は、財務省、外務省の人事異動の時期。役所の人間が動く時期に合わせて内閣人事、総理大臣の側近を決められる。行政機関の都合に合わせて、内閣の入れ替えをしているのである。安倍晋三氏や福田康夫氏など9月初めに政権放り出しが相次いだ理由がこれである。

 自民党は省庁と内閣のどちらが国会をリードする役割にあると思っているのだろうか。「手足に頭が使われる」のでは、本末転倒である。

 ここから、前述の「自民党>内閣総理大臣>内閣」の構図に省庁が加わり、「自民党>各省>内閣総理大臣>内閣」の構造が出来上がる。

***転載ここまで

新憲法下の1947年以来、内閣総理大臣の数は麻生首相で28人目です。
ちなみに、ドイツの憲法である基本法施行後1949年以来の首相の数は8人です。特別な事情がない限り、4年間の任期満了まで、もしくは2期以上務めたからです。

自民党の党則の問題は、もっとジャーナリズムが取り上げるべきだと思います。

ところで、最近政権交代の可能性が高くなったからと慢心を諌められている民主党の規約では、代表の任期はどうなっているのか気になったので調べてみると、「就任から2年後の9月末日」だそうです。総理大臣の任期が4年なのに、こちらも一致せず、任期の途中で代表が交代するかもしれません。やはり、一人でも多くの議員に総理という名誉職を経験させてあげるための配慮でしょうか。それとも、自民党のように政策は二の次と考えて役所に配慮しているのでしょうか。

両党には選挙までに、是非とも説明していただきたい点です。




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